minakaとは
みなかとはトップ写真みなかとはトップSP
鳥取気高町
みなかとは1タイトル

鳥取市気高町。エコファームみなかは、ここで有機農法による大豆栽培に取り組んでいます。大豆は酷暑が苦手で、涼しい環境を好みます。三徳山系からの湧水が数年を経て、この地に湧き出るといわれている清水、澄んだ空気や山から吹き降ろす冷涼な風。気高町には、大豆づくりに適した条件が揃っています。

鳥取気高町写真
みなか有機農法大豆

大豆が日本に入ってきたのは、弥生時代だといわれています。以来、日本人の食に欠かせないものとして、今日までずっと栽培され続けてきました。自然を守りながら、安心して食せる大豆を作りたい。土の生命力をもらって育った本当においしい大豆をお届けしたい。だから、私たちは有機農法を選びました。ミネラル豊富な土で育てたみなかの大豆。噛むほどにやさしい甘みが広がり、しっかりとした旨みがあります。次の世代に美しい自然を残しながら、大豆の食文化をつないでいきます。

みなか有機農法大豆写真
みなか有機農法大豆写真
みなか有機農法大豆テキスト

みなかでは、有機JASで使用認定されているものも含め、農薬や化学肥料は一切使いません。良い土が、良い大豆を育てます。私たちはすべて自然界にあるものだけで土づくりを行なっています。土はミネラル豊富な黒木土、山土、低地土の混合土を使用。微生物が共存していて、土はふかふかしています。 みなかの堆肥は、枯れ草や大豆パウダー製造時に出る豆の皮、草木灰などを有益な微生物(酵母など)で発酵させたものです。また、肥料には、地元の有機農家から譲ってもらった米ぬかや籾殻、その他、有機JAS規格の飼料である鶏糞、魚粉などと微生物を混ぜて、発酵させたものを用いています。土づくりにこだわり、安心して食べていただける大豆を作っています。

lineline
有機の里、気高町。この地の自然と伝説。

夏には蛍が飛び交い、時には山からイノシシもやってくる自然いっぱいの気高町では、ゆったりと時間が流れます。良質で美しい水が湧き出るこの地に有機農法に取り組む人々が集まったことから、いつしか「有機の里」と呼ばれるようになりました。また、気高町には神話から続く伝説や地元に伝わる逸話がいくつも残っています。豊かな自然のもと、育まれてきた歴史と風土は、気高町の宝物です。

鳥取県気高町歴史

1000年の歴史を誇る「加知弥神社」から西へ2キロほど進むと木がみえてきます。樹齢は約400年。正式名は「山宮阿弥陀森大タブノキ」です。鳥取市天然記念物に指定されている巨木で、高さは約15m。こぶ状に膨れあがった幹のそばには、お地蔵様が祀られています。

鳥取県気高町歴史
鳥取県気高町歴史
鷲峰山

郡司の父と都に上がったさくら姫に思いを寄せた勝美親王は、姫の後を追って気多郡宿に入った後、病に倒れ、亡くなります。その後、姫は仏道に入り、さくら谷の南の坊に籠ります。姫の亡骸は天人に囲まれ、蓮の花びらを散らしつつ鷲峰山の空高く昇っていきました。勝美親王のお墓は加知弥神社にあり、現在でもこの地には親王のお墓を守っている方が存在します。

平成の名水百選

布勢平神社の巨岩の下から湧き出ている清水で、「平成の名水百選」に選定されています。その昔、この周辺を治めていた因幡鹿野藩の初代藩主・亀井茲矩が「その清冷さ氷のごとき」と布勢の清水を称賛し、傍らに涼亭を設け、夏になると日毎涼んだと記されています。

鳥取県気高町歴史
北栄町の袖振山
北栄町の袖振山

神様が出雲での行事を終えた帰り道。鷲峰山と大山の神様が「私の方が背が高い」と言い争い、背比べをしました。鷲峰山が勝つと大山の神様は悔しがり、杓子で頭をすくい取ります。落とした土が青谷町の建山に、袖から落ちた土が北栄町の袖振山になったそうです。

鳥取県気高町の大豆
icon